当世「多重債務」事情
参加者 弁護士 荻原典子
稲垣仁史
可児康則
事務局 江崎泰央
長尾悦子
昨年はヤミ金融業者の被害が急増した1年でした。
ヤミ金は、ダイレクトメールや電柱の張り紙などで顧客を勧誘し、3万円程度の少額の
お金を10日で3割、5割といった法外な利息で顧客に貸します。
顧客が期限に返済できないと、親類、友人、隣近所まで巻き込んだ脅迫まがいの
取り立て返済を迫るのです。
脅迫まがいの取り立てを恐れ、ヤミ金への返済にヤミ金からお金を借りてしまい、
アッという間に借金が膨らんでしまいます。
こういったヤミ金に対しどのように対処すべきなのでしょうか。
ヤミ金への対処法について、弁護士と事務局の有志が集まり、座談会を行いました。
ヤミ金の跳梁跋扈
稲 最近の多重債務の相談は、何か拍車がかったような気がしませんか。
荻 ええ、いわゆる「失われた九〇年代」には破産事件の数が右肩上がりでしたが、
少し前からそれに「勢い」がついた感じがしますね。
可 最近の多重債務の相談に乗っていると相談内容の「深刻度」が増していると
思いませんか。
稲 うん、「深刻」の大きな原因はヤミ金被害ですね。
数年前、出資法が改正されたとき、一部ではこれからはヤミ金が多くなると「予言」
されていたけれど、正にそうなっちゃいましたね。
可 感心していないで、もう少し被害の実態、例えば債務者がどのようにしてヤミ金から
借り入れていくかなどを話してくれませんか。
稲 うん。ある日、債務者の自宅に「数万円即融資」というような融資勧誘のダイレク
トメールや電話がくる。
債務者は日々返済資金の捻出に困窮しているために、思わず借りてしまう。
その内容は三万〜五万円の少額の金融だけれども、一万円から一万五千円くらい
が天引きされて預金口座へ振り込まれる。
しかし、その利率たるや「トイチ(一〇日で一割)」 「トサン(一〇日で三割)」
「トゴ(一〇日で五割)」などで、利息だけで五日で一万円だったり七日で
一万五千円だったりする。
年利に直すと数千パーセントなんてこともある。
そのような法外な利息について厳しい取立で支払を請求してくる。
その対策は?
可 ところでヤミ金への対策はどうしてますか。
荻 私は、ヤミ金からの借入は「不法原因給付」だから一切払わない、と主張するのが基本、 それに過払金の返還請求と必要に応じて刑事告訴、この三本柱ね。
稲 そう、出資法に違反する犯罪的な貸付ですから、刑事手続を射程におくことも
必要ですよね。
江 もう一つは貸手の責任、ヤミ金業者は元々返済資金の捻出に困っている人たちを
対象、というよりも意図的に狙っている。
つまり、判っていてお金の困窮者に貸し付けるのだから、それが戻ってこなくても
借手以上に貸手に責任は大きいという論法。
稲 たしかに、ヤミ金の場合には貸手責任がかなり大きいと言えますよね。
長 さっきの「払わない」という主張ですけど、「払わない、戻せ」ということなら何となく
債務者が得をしてしまうんじゃないかと思うんですけど…。
荻 いいえ、実際はそう単純ではないの。あくまでも私の経験だけれども、ヤミ金から
借入をした人から話を聞いていくと二つのタイプがあるように思うの。
一つは以前破産宣告を受けた人、もう一つは消費者金融などから多額の
既存債務があって返済に困っている人、既存債務には住宅ローンがあるという人も
いた。全てヤミ金からの借入のみというのはこれまでではないの。
可 経済的に破綻してしまったうえで、ヤミ金から借り入れたというケースが殆どだと
いうことですね。
荻 そう。
弁護士への依頼だけでは、問題は解決しない
稲 その「経済的に破綻してしまったうえで」という点での僕の経験なんですけど、
相談で事情を聞いている最中にも、どんどん携帯にヤミ金からの請求電話が
かかってきたことがありました。
そこで、やむなく、相談者を奮い立たせて、法律的な理屈に基づく主張の仕方を
その場でレクチャーして、その日が支払いになっている複数の業者に電話を
入れさせました。
荻 それはあなたが相談者に代わって電話をしたの…。
稲 いえ、本人にやってもらいました。
というのも、ヤミ金からの借入だけで五〇社以上あったし、元々違法を承知で
貸しているような人たちだから、代理人が付いたからといって信販会社や
消費者金融業者のように請求が止まる保証はない。ましてや携帯電話での
やりとりだからところ構わず電話がかかってくる。
そんなときには、ビクビクしていてはうるさい業者に支払うために更にほかの業者から
借り入れすることにもなりかねない。
電話がかかってきても毅然として違法な支払請求を拒むことを覚えることが
立ち直りのきっかけになると思ったんですよ。
江 そのとおりで、代理人におんぶにだっこではなく、依頼人本人も必要なときには
立ち向かうという気概がないとこの問題は解決しないね。
債務者の側にも「問題に立ち向かう」勇気が必要
長 その「立ち向かう気概」というところをもう少し話をしてくれませんか。
江 消費者金融業者もそうだけど、借入申込書に保証人でもないのに親族の名前や
勤務先を等を書かせることがある、さらには、以前、無人契約機の宣伝で「誰にも
知られずカードが作れる」というのがあったよね 、
これは債務者の心理をよくついていると思う。
つまり、借り入れていることを親族等には知られたくない。
知られたくないので債務者は無理にでも返済資金を作ってくる、
そのため深みにはまっていく。
「債権者にとっては、借手が借入を秘密にしたいと思うことが最大の担保」といった
ことさえ聞いたことがあるよ。
荻 だからこそ、解決のためにはその逆を行く、親族にうち明けることはもちろん、
場合によっては理解があればの話だけれども、勤務先にもうち明けてもらう。
必要なのは、多重債務に陥っているだけでなく、弁護士に依頼して解決に向かって
努力をしているという姿勢を示すことね。良く言えば必要な情報公開をする、
ということ。
債務者の回りでは、訳が分からない変な電話ばかりがかかってくる、となると周囲は疑
心暗鬼にとらわれるけど、実情が判っていれば、自ずと対策も浮かんでくる。
可 なるほど、だけど、私の経験ではヤミ金業者に親族の連絡先を話していないのに、
相手は知っていたという例がありましたよ。
荻 それは、借入に際し業者に伝えてしまう、苦しくなってきて業者から脅されてしゃべっ
てしまう、そのほか推測がはいるんだけど、同じ人物が名称を変えて同時並行で
貸付をやっていたりすることもあると思いますね。中には、登録業者から顧客名簿が
何らかの形で流れているのではないかと思われるケースさえありました。
意外と多重債務者の個人情報は業者間で流通しているのかも知れないわね。
弁護士への依頼は、自分の生活を見直すための初めの一歩
稲 ある相談者は、資金捻出に困りかけた頃に、見透かしたかのように新規の業者から
電話が入ってきたと言っていました。
長 みなさんの話を聞いていると、ヤミ金は多重債務者を「食べて生きている」と
いうように思えますね。
稲 まさにそうですね。さっきも言われてたけど、破産した人にも平気でお金を貸す、
具体的には官報から免責を受けた人のデータを作ってその人に向けて勧誘の
ハガキを出す。
勧誘の仕方を相談者から聞いていると、彼らはかなりの量の多重債務者の
データを持って囲い込みをやっているようにも思えますね。
江 さっきヤミ金債権者が五〇社あったという話が出たけれども、一〇〇社を
超えていた例もあった。その中には知らない業者から通帳にお金が振り込まれており、
後で請求の電話があった例もある。
多重債務者を意図的に「囲い込み」していると考えれば、ヤミ金債権者が
一〇〇社以上に増える可能性も十分にある。
可 しかし、貸す方も貸す方だけれども、破産事件が終わった人間が借りるというのも
いかがなものでしょうか。
稲 そこも問題ですね。経済的に破綻して債務は法的に処理したけれども、
生活上の問題点の改善に取り組んでいないと、意識は以前のままのため、
ちょっとしたスキをヤミ金につけ込まれてしまう。
つまり、家計の「構造改革」に真剣に取り組んでいないと、再び同じ過ちを
繰り返す事になってしまう。
もっとも、今の社会状況では、収入が不安定なことが多いので、家計の切りつめにも
限界があることはもちろんですけどね…。
可 それは個人の資質の問題ではないですか。
稲 それはそうだけど、これだけ経済的に破綻していく個人や会社が出てくると、
一種の社会問題じゃないかとも思 いますよ。
荻 つまり、これからの多重債務諸対策は、貸手の責任を追及しつつ、一方で家計の
「構造改革」も視野に入れて取り組む必要がある、ということね。