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老人ホームの入居者が心疾患で死亡したことにつき、医師等の対応に注意義務違反があるとして損害賠償を求めた事例

医療事件チームでは、定期的に判例の勉強会をしています。
今回は、大阪地裁令和7年3月19日判決をご紹介します。

概要

老人ホームの入居者が心疾患で死亡したことにつき、医師やヘルパーの対応に注意義務違反があるとして損害賠償を求めた事例

  • 裁判所  大阪地裁
  • 原告 当時78歳の入居者の相続人
  • 被告 介護施設・医療クリニック
  • 分類 介護施設、循環器内科
  • 結果 一部認容(控訴中)

 

医学的知見

・急性虚血性心疾患

虚血性心疾患とは、冠動脈の閉塞や狭窄などにより心筋への血流が阻害され、心筋における酸素の供給と需要のバランスが乱れ、心臓に障害が生じる疾患の総称であり、一般に冠動脈疾患とほぼ同義に用いられる。

急性虚血性疾患の典型的な症状としては、前胸部や心窩部の痛みや圧迫感、その他、背中・歯・肩の痛み(放散痛)、嘔気・嘔吐、冷汗、呼吸困難感、失神などがあるが、前急性発症の胸部不快感を呈することがもっとも多い。高齢者や糖尿病の合併例では無痛性であったり、軽い症状しか示さなかったりすることがあり、慎重なアセスメントが必要。

冠動脈疾患、脳血管疾患、抹消動脈疾患の既往症がある患者は冠動脈疾患の再発を起こすリスクが高い。また、高齢者は若年者と比較して冠動脈疾患の有病率が高いことから、急性虚血性心疾患の発症について特に注意する必要がある。

・胸部不快感

胸部症状は、虚血性心疾患といた大血管疾患といった致死的疾患から不安神経症まで様々な原因により惹起されるため、死亡に至る可能性の高い急性心筋梗塞症、不安定狭心症、急性大動脈解離、入血栓塞栓症などの疾患を見逃さないことが求められる。

患者が胸痛を訴えた場合、胸痛の性状・程度・変化、歯や肩の痛みなどの放散痛の有無、冷汗や嘔気などの随伴症状の有無、過去に同様の症状の自覚があるかなどの問診をし、まず、急性虚血性疾患、急性肺塞栓症、急性大動脈解離などの致死的な病態に移行する可能性のある緊急度の高い疾患の有無を判別する必要がある。

問診において特に重要なことは、身体所見とバイタルサインの観察であり、冷汗、頻脈、呼吸促拍、顔面蒼白、低血圧あるいは極端な高血圧を示す胸背部痛患者は、致死的心血管疾患を有している可能性が高い。

非外傷性胸痛患者の退院時最終診断の分布において、胃食道疾患(42%)の次に虚血性心疾患(31%)が多いことが紹介されている。

・急性虚血性心疾患の治療

心筋梗塞の初期治療としては、胸痛軽減目的で行うニトログリセリン(ニトロペン)の舌下投与が広く知られ、処方されている。狭心症の場合は、ニトログリセリン(ニトロペン)をなめると数分から十数分で治まるが、その効果がなく、胸痛が30分以上続く場合は、狭心症ではなく心筋梗塞である可能性がある。また、ニトログリセリン(ニトロペン)の抗狭心作用は高度な冠動脈病変を伴う急性虚血性心疾患には無効例が多い。

急性虚血性心疾患と判別したら、できるだけ早期に再灌流による心筋壊死の軽減と急性期死亡の回避を行うため、緊急再灌流療法の実施が可能な施設に即時に搬送する必要がある。

急性心筋梗塞に関しては、CCU(心疾患集中治療室)の普及、冠動脈の再灌流療法の導入等により、現在、入院死亡率は7%程度になっている。また、1999~2001年(平成11年~平成13年)における急性虚血性心疾患に対する救急措置ないし治療における死亡率として以下の報告がされている。

ClassⅠ 心不全の兆候なし 2.4~3.7%

ClassⅡ 軽~中等度の心不全 7~16%

ClassⅢ 肺水腫:重症心不全 19~24%

ClassⅣ 心原性ショック:最重要度心不全 61%

他方、心筋梗塞の死亡例の60~70%は発症1~2時間以内の院外死亡であることが指摘されており、プレホスピタルケアが重要であるとされている。

・カロナール

鎮痛解熱剤。症候性神経痛に効果がある薬。

経過

H28

2.1  入居者(高血圧症、睡眠時無呼吸症候群、アルツハイマー型認知症などの持病あり)、本件ホームへ入居。

 6.28

3:41a.m. 入居者、ナースコールをして、「胸が苦しい」と訴える。

血圧124/84 体温36.3度 SPO2:97(ヘルパー測定)

ヘルパーの観察した入居者の状況は、背部肩に疼痛なし、呼吸苦息苦しさなし、冷や汗なし、胸を締め付ける痛さなし、胸が痛い違和感あり。

*遅くとも3:55a.m.までに24時間オンコールで本件クリニックに伝達

3:57a.m. 医師、看護師を介して、伝達を受け肋間神経痛等を疑い、本件ホームにカロナールを服用させること、1時間くらい経っても痛みが軽減しなければ本件クリニックに再度連絡することを指示。

4:00a.m.~4:03a.m.頃

医師の指示が本件ホームに伝達され、ヘルパーが入居者へカロナールを服用させて、離室。遅くとも、同時点において、入居者と本件クリニックとの間で診療契約が成立。

5:45a.m.ないし5:55a.m.

ヘルパー、部屋訪問。入居者の胸の痛みに改善がみられないことを確認。

6:10a.m. 血圧140/85 温度35.3度 SPO2:95~96%(ヘルパー測定)

ヘルパーの確認した入居者の状況は、意識がしっかりあり会話が可能であること、顔色不良がなくいつもと変わらないこと、頭痛、肩痛、背部痛及び腰痛がないこと、胸以外は何ともなく、胸だけが痛いと訴え、顔をしかめるような表情がないこと。

*入居者の状況は、本件クリニックにも伝達される。

6:20a.m. 医師は、ニトロペンの舌下投与を指示し、本件ホームに伝達。

6:29a.m. ヘルパーが看護師に対し、入居者が寝ているようで、いびきをかいており、ニトロペンを舌下投与することができない旨を伝える。

看護師が再度、入居者を覚醒を促してニトロペンの舌下投与をすることと、バイタルサインの測定をするよう指示したところ、ヘルパーが入居者へニトロペンを舌下投与を試みたが、入居者に声掛けをしても反応がなく、ニトロペンを投与するに至らなかった上、体温も冷たく感じられたため、本件クリニックに連絡を入れる。

6:30a,m, 医師はヘルパーに対し、血管収縮のために血圧の測定が不可能であるならば、救急搬送を要請するように指示し、その後、本件ホームから119番通報。

通報を受け、救急隊員が到着し救急搬送されたが、入居者の死亡確認。

死因は、冠状動脈硬化症による急性虚血性心疾患。

争点

1 医師が、3:57a.m.頃、入居者をCCU等の設備を備えた医療機関に救急搬送するように指示すべき注意義務に違反したか。

2 医師が、3:57a.m.頃、ニトロペンを投与するよう指示すべき注意義務に違反したか。

3 医師が、4:57a.m.頃、入居者を、CCU等の設備を備えた医療機関に救急搬送するように指示すべき注意義務に違反したか。

4 介護施設の職員が、3:41a.m.頃、入居者の救急搬送を要請すべき注意義務に違反したか。

5 介護施設の職員が、4:57a.m.頃、入居者の状態を確認すべき注意義務に違反したか。

6 被告らの各注意義務違反と入居者の死亡との間に相当因果関係が認められるか。

7 損害及びその額。

 

裁判所の判断

1 争点1について

(原告の主張)

医師には、3:57a.m.頃、可及的速やかに急性虚血性心疾患に対する心電図検査と救急治療が可能な二次救急指定病院である医療機関に救急搬送することを指示すべき注意義務があったというべきである。それにもかかわらず、医師は、3:57a.m.頃、入居者をCCU等の設備を備えた医療機関に救急搬送するように指示をせず、上記注意義務に違反した。

(裁判所の判断)

3:57a.m.時点において、胸が苦しいとの主訴はあったものの、血圧、体温、SPO2値は正常で、呼吸苦や冷感、胸を締め付ける痛さなどは確認されていないことから、主訴から15分程度しか経過していない時点で、救急搬送を指示しなかった対応が不適切であったとはいえない。このことは、鑑定結果や医師である専門委員の説明にも表れている。加えて、胸痛が虚血性心疾患によるものと具体的に予見させる状況にあったことを認めるに足りる証拠もない。

従って、義務違反はない。

 

2 争点2について

(原告の主張)

入居者は、3:41a.m.頃に、これまでに経験したことのない旨の痛みを訴えたところ、この痛みは急性発症の胸部不快感にあたることから、肋間神経痛等を疑ってカロナールの服用を指示した。3:57a.m.頃、医師はニトロペンの舌下投与を指示すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、ニトロペンではなくカロナール服用を指示したことから、上記注意義務に違反した。

(裁判所の判断)

鑑定の結果によれば、入居者に対しては急性冠症候群を疑い、ニトロペンの舌下投与を先行させるべきであったとされる。また、医師である専門員は、胸痛患者に対してカロナールを処方することは一般的でなく、急性冠症候群の可能性があるのであれば、ニトロペンを処方するべきであった旨の説明をしている。医師が入居者の胸痛の様子を直接診察しておらず、代わりの医師や看護師が直接観察している状況にもなかったこと、胸痛軽減目的で行うニトロペンの舌下投与は心筋梗塞の初期治療として広く行われているものであって、本件ホームにもニトロペンが常備されていたことを考慮すると、当該鑑定結果や専門員の説明は合理的なものというべきで、その合理性を覆すに足りる証拠はない。

以上より、医師が3:57a.m.頃にニトロペンの投与を指示するべき注意義務があったと認めるのが相当であり、その指示をしなかった医師の対応には当該注意義務違反に反する過失があった。

 

3 争点3について

(原告の主張)

医師は、3:57a.m.頃、ヘルパーに対して、1時間くらい経っても痛みが軽減しなければ本件クリニックに連絡するように指示をしたのであるから、約1時間が経過した4:57a.m.頃において、本件ホームの職員に対し、入居者が訴えていた急性発症の胸部不快感の状況を確認した上、入居者を二次救急指定病院である医療機関に救急搬送するように指示すべき注意義務があった。それにもかかわらず、医師は、経過観察の結果について確認することを怠り、入居者をCCU等の設備を備えた医療機関に救急するように指示をせず、上記注意義務違反に違反した。

(裁判所の判断)

鑑定結果によれば、胸痛を訴える入居者に対して、ニトロペンの舌下投与をせずにカロナールの処方をし、その後症状が軽快したか、継続しているかについての評価をすることは一連の医療行為というべきものであり、診療に携わる医師が自らの義務として確認と評価をするべきであるとされている。また、医師である専門員は、カロナールの処方にかかわらず胸痛が1時間以上持続していて、改善がないのであれば、救急指定病院への搬送を検討するべきであった旨の説明をしている。医師と入居者との間で締結された診療契約上、胸痛を訴える入居者に対して適切な診断と対応をするべき診療契約上の義務があったというべきことを考慮すると鑑定結果や専門員による説明を覆すに足りる証拠はない。

これらの事情によれば、医師においては、少なくとも自ら設定した⑴時間後の4:57a.m.頃の時点で入居者の状況を確認し、胸痛に改善が無かった以上、入居者をCCU等の設備を備えた医療機関に救急搬送するように指示すべき注意義務があったと認めるのが相当であり、その指示をしなかった医師の対応には、上記注意義務に反する過失があったというべきである。

 

4 争点4について

(原告の主張)

被告介護施設には、入居契約書に基づき入居者に対し、緊急の場合は、速やかに協力医療機関等に連絡し、必要とあれば、診療、入院の手続を行うべき義務があり、急性発症の胸部不快感の多くが心臓に係る症状であることや、心臓に係る症状には死亡や高度障害を発生させる危険性が高いことは広く知られており、心筋梗塞死亡例の60%から70%は発症1時間から2時間以内の院外死亡であることが指摘されており、プレホスピタルケアは現在の医学的常識と認識されていること、本件ホームを含む多くの介護サービス付き高齢者住宅において、緊急時の対応がマニュアルとして制定されていることが一般化していることから、被告介護施設の職員は、入居者から胸の痛みの訴えに接した時点で、可及的速やかに、二次救急指定病院へ救急搬送を要請する措置を行うべき注意義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず職員は、3:41a.m.頃、可及的速やかに入居者の救急搬送を要請せず、上記注意義務に違反した。

(裁判所の判断)

医師において3:57a.m.頃の時点でも救急搬送を指示するべき注意義務を認めがたいところ、本件クリニックと連絡をとったり指示を得たりできており、本件クリニックから入居者を救急搬送するよう指示がされたのは6:30a.m.頃であることから、それよりも早期の3:41a.m.頃の時点で同様の指示がされたと認めるに足りる証拠はないし、本件クリニックの指示を待たずとも入居者について救急搬送をしなければならないことが被告介護施設の職員において自明であると判断できるような客観的状況があったと認めるに足りる証拠もない。したがって、上記注意義務違反はない。

 

5 争点5について

(原告の主張)

被告介護施設は、入居者との間の入居契約に基づき適正健康管理義務や治療への協力義務を負っているところ、ヘルパーは本件クリニックからカロナールの投与後1時間位が経って痛みが軽減しなければ連絡するように指示を受けたにもかかわらず、1時間後の4:57a.m.頃、入居者の経過観察をしてその連絡をすることをしなかったのであるから、上記注意義務に違反した。

(裁判所の判断)

被告介護施設と入居者との間で締結していた生活支援サービス提供契約上、入居者が治療を必要とするに至った場合、必要な治療を受けられるよう対応するという趣旨の義務を負っていたところ、本件クリニックからカロナールの処方後1時間が経って胸痛が軽減しなければ被告クリニックに連絡をするよう求められたという事情があったことからすると、その要請から大きく乖離しない程度の対応をするべき注意義務があったと認めるのが相当であり、その対応をしなかったヘルパーには同注意義務に反する過失があったというべきである。

 

6 争点6について

(原告の主張)

入居者の死因は、冠状動脈硬化症による急性虚血性心疾患であり、そのような病態の場合、CCUのある医療機関への救急搬送による救命率は96%から97%であると推定されているから、その予後について特段考慮しなければならない程度でないことは明らかであるから、各注意義務違反と入居者の死亡との間に相当因果関係が認められる。

(裁判所の判断)

争点2の過失との関係について、鑑定の結果によれば、発症後1時間以内に再灌流療法が実施されていれば、60~70%の救命率が期待できたであろうとされているところ、仮に医師が3:57a.m.頃の時点でニトロペンの舌下投与を指示し、ヘルパーが入居者にその投与をし、薬効を見極めたうえで医師が入居者を救急搬送するよう指示したとしても、入居者は発症から1時間以内に再灌流療法の実施に至っていなかった可能性が高いといわざるを得ないことから、3:57a.m.頃の時点でニトロペンの投与を指示していたとしても、その救命率は60~70%と同程度かそれに満たない程度であったといわざるを得ない。そのため、争点2の過失と入居者の死亡との間に相当因果関係があると認めることはできない。もっとも、救命率に鑑みると、入居者において、救急搬送をし、再灌流療法を受けて、救命が叶う相当程度の可能性を喪失したという結果との間の相当因果関係については肯定されるものと解するのが相当である。

争点3と争点5の各過失との関係について、入居者について、仮に4:57a.m.頃の時点で本件ホームにその後の状況を確認する連絡を入れていたり、同時刻頃の時点でヘルパーが入居者の様子を確認しに入居者の居室に赴いたりした経緯があったとしても、その救命率は60~70%よりさらに相当程度低かったであろうといわざるを得ないことから、当該各過失と、入居者の死亡との間に相当因果関係があると認めることはできない。

 

7 争点7について

(原告の主張)

・死亡慰謝料:各1500万円

・弁護士費用:各150万円

(裁判所の判断)

・死亡慰謝料:被告らの注意義務違反と入居者の死亡との間には相当因果関係が認められないため、0円

・その他慰謝料:争点2に係る過失による救命が叶う相当程度の可能性の喪失についての慰謝料は、救命率や入居者の身体状況等の事情を考慮すると300万円が相当。

・弁護士費用:慰謝料300万円の1割に相当する30万円

この記事を書いた弁護士

医療過誤弁護士チーム

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