医療過誤チームでは、定期的に判例勉強会を開催しております。
今回は、札幌地裁の令和7年6月25日判決をご紹介します。
概要
交通事故による骨折に対する治療入院中にEGPAを発症したところ、本件病院の医師は6月22日の時点でEGPAを含む重大な病気の可能性があることを認識し、検査及び診療をすることができる医療機関に転医させ、又は転医を促すべきであったのに、これを怠り、患者に上肢及び下肢の異常感覚、運動障害等の障害を生じさせたとして損害賠償を求めた事例
- 裁判所 札幌地裁
- 原告 昭和36年生まれの患者
- 被告 整形外科病院
- 分類 整形外科
- 結果 棄却
医学的知見
・血管炎
血管自体に炎症を起こし、血管壁に好中球、リンパ球等の炎症細胞が接着あるいは浸潤して血管壁の構造を破壊し、血管の破綻や血管内腔の狭窄や閉塞を引き起こす。その結果、虚血や壊死により臓器の機能障害を招く。血管炎は主に侵襲される血管のサイズによって分類され、小型動脈、細動脈、毛細血管、細静脈及び静脈で生じる小型血管炎のうち、喘息や好酸球増加症と関連し、好酸球浸潤に富んだ呼吸器の壊死性肉芽腫性炎症とともに生じる壊死性小型血管炎がEGPAと分類される。全国疫学調査で受療者数は約1900人と推定され、発症年齢は40歳ないし69歳で66%を占める。
・好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)
機序は何らかのアレルゲンによりアレルギー反応が惹起され、好酸球が過剰に増殖し、組織に浸潤し、種々の生理活性物質などを放出して炎症を惹起・持続させ、組織障害を引き起こす場合、あるいは何らかの外的要因(微生物の抗原、自己抗体など)により好中球や好酸球が活性化され、これらの血球から放出された活性酸素や蛋白分解酵素などによって血管炎を引き起こし、血流障害を介して虚血性の臓器障害を起こす場合がある。
厚生労働省による診断基準が用いられ、主要臨床所見として、〔1〕気管支喘息あるいはアレルギー性鼻炎、〔2〕好酸球増加、〔3〕血管炎による症状が挙げられる。典型的な発症経過は、喘息(ほぼ全例)及び鼻茸を伴う好酸球性鼻副鼻腔炎の発症、好酸球増多、好酸球性肺炎、喘息悪化、血管炎発症である。10年ないし20年以上の長期の喘息歴から血管炎発症に至る症例も少なくない。〔3〕血管炎の典型的症状は、急性発症の発熱や急速な血管炎症状である筋肉痛、体重減少、軽度浮腫、関節痛に加え、特に多発性単神経炎症状がほとんどの症例で認められる。同時に著名な末梢血好酸球増多を伴う。細小血管炎に特徴的な皮疹としては点状紫斑、網状皮斑、皮膚潰瘍等が挙げられる。紫斑は圧迫により消退しないことで紅斑と区別され、しばしば正常皮膚表面より盛り上がった触知可能な紫斑を呈する。下肢、特に下腿から足部に多く見られ、表皮直下、真皮上層の血管炎を示唆する。
治療法としては、好酸球による炎症を抑制し、血管炎の活動性を鎮静化させて、不可逆的な臓器障害を起こさないようにするため、抗炎症と免疫抑制の作用を有するステロイド等を投与する。発症早期の致死的症例を救うためにも、早期診断・早期治療が重要である。
臨床経過については、気管支喘息相及び好酸球増多相を経た後、足に感覚鈍麻等の異常感覚が生じ、その数日後に紅斑及び紫斑等が生じる。その二、三週間後に麻痺が生じる。
・末梢神経障害
単神経障害と多発神経障害、多発性単神経障害がある。
単神経障害は、外傷、絞扼、圧迫等を機序として1本の神経が痛んだ状態であり、支配領域のみが障害される。代表的なものとして手根管症候群等が挙げられる。
多発神経障害は、複数の末梢神経が末端から障害され、左右対称性で四肢末端から障害される。手袋・靴下型と呼ばれる特徴的な症状の分布を示す。代表的な疾患として糖尿病性末梢神経障害等が挙げられる。
多発性単神経障害は、単神経障害が同時多発的に出現し、左右非対称性の障害が生じる。血管炎症候群や膠原病・サルコイドーシス等の免疫が関与した疾患が多い。
経過
H30 4.22 交通事故発生。患者、右大腿骨骨幹部骨折及び左第3、4、6肋骨骨折等の傷害を負う。
4.23 患者、A病院において、観血的骨接合術(大腿骨に髄内針を挿入して骨折部を固定する手術)を受ける。
5.7 患者、リハビリ目的で被告病院へ転院。入院時の好酸球の割合は55%。
5.17 患者、右下腿にしびれがあることを訴える。
5.24 患者、被告病院を退院。その後、被告病院へ通院。
6.21 患者、下肢の徒手筋力テスト、腰椎レントゲン検査、及び、MRI検査受診。
6.22 医師、患者に対し、MRI検査の結果から第5腰椎と第1仙椎の間にすべり症があり、これが両下肢の痺れの原因であると説明する。
6.25 患者、両手と両下肢のしびれが強くなって動けなくなり、B病院に救急搬送。
患者、救急隊に対し、1週間前から両足首から先が痺れていることなど症状を訴える。
6.27 患者、C病院に搬送され、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)と診断。
H31 3.15 患者、上肢及び下肢に異常感覚(感覚脱失)、運動障害(弛緩性麻痺)があり、両手の握力は測定限界以下で、手指の伸展障害が生じ、装具がなければ歩行が困難な状態となる。
患者、身体障害者福祉法上の身体障害等級につき、両上肢の機能の著しい障害があるものとして2級、両下肢の機能の著しい障害があるものとして2級と評価され、総合等級1級の認定を受ける。
争点
1 6月22日時点の原告の皮膚症状及び、医師が原告の皮膚症状を認識していたか否か
2 医師が、6月22日の時点でEGPAを含む重大な病気の可能性があることを認識し、検査及び診療ができる医療機関に転医させ、又は転医を促すべき注意義務違反の有無
3 争点2の注意義務違反と原告に生じた後遺障害との間の因果関係の有無
4 損害の有無及び額
裁判所の判断
1 争点1について
(原告の主張)
患者は、6月21日までに医師及び理学療法士に両足の皮膚症状を見せており、医師は、遅くとも6月22日時点で患者の皮膚症状を認識していた。
(裁判所の判断)
診療録に患者の下肢の皮膚症状に関する記録はなく、患者自身による皮膚症状の発症時期に関する訴え自体、その時々において1週間程度もの開きがみられる。加えて、EGPAによる皮膚症状は、無数の紫斑や網状の赤い発疹、水疱や浮腫、これが潰れてできる潰瘍が広範囲にわたって生じるという、見た目にもかなり痛々しいものであり、また、潰瘍からは浸潤液が衣服に付着するなど、痺れ以外にも大きな生活上の不便を生じたはずであるから、このような症状が生じて一定の日数が経過したとすれば、自分の体に何が起こっているのか不安になってしかるべきであるにもかかわらず、6月27日以前に患者の皮膚症状を示す患部の写真を撮影した形跡もない。
したがって、6月22日の時点では、両足全体に紫斑及び赤い発疹ができて潰れた潰瘍が生じるなどの重篤な皮膚症状があったと認めることはできない。
また、6月5日以降、数回にわたり、歩行訓練時に本件病院の理学療法士に足の皮膚症状を見せたという事実や、同月21日には医師に対して両足全体の潰瘍を見せた事実を認定することはできない。
2 争点2について
(原告の主張)
医師は両下肢の痺れのみを取上げてすべり症と診断するにとどまったのであるから、原告の四肢の痺れの原因を識別し、EGPAを含む重大な病気の可能性があることを認識し、検査及び診療の可能な医療機関に転医させ、又は転医を促すべき注意義務を怠った。
(裁判所の判断)
医師が6月22日の時点で認識していた症状は、同月21日に初めて患者が訴えた両下肢の痺れ及び手の痺れにとどまり、EGPA等の血管炎に見られる皮膚症状や発熱、関節痛等は認められておらず、整形外科医が直ちにこれらの症状から多発性単神経障害を疑い、EGPAを含めた重大な病気の可能性があることを認識して転医させるべき注意義務違反があったと認めることはできない。そのため、医師に、6月22日時点までの原告の両下肢及び手の痺れの主訴から、EGPAを含む重大な病気の可能性があることを認識し、検査及び診療ができる医療機関に転医させ、又は転医を促すべき注意義務があると認めることはできない。
争点3、争点4の判断なし。


