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患者に関節拘縮等の後遺症が残ったことにつき、悪性症候群が遷延していたためにエビリファイを投与してはならない注意義務違反があるとして損害賠償を求めたが棄却された事例

患者に関節拘縮等の後遺症が残ったことにつき、悪性症候群が遷延していたためにエビリファイを投与してはならない注意義務違反があるとして損害賠償を求めたが棄却された事例

医療過誤チームでは、定期的に判例勉強会を開催しております。
今回は、大阪地裁の令和7年8月29日判決をご紹介します。

概要

  • 裁判所   大阪地裁
  • 裁判年月日 令和7年8月29日
  • 結果    棄却
  • 原告    患者X1(事故当時43歳女性)、患者の夫X2
  • 被告    医療法人Z、医師Y1、Y2、Y3
  • 分類    精神科

経過

平成9年頃

X1、関係妄想、被害妄想の症状により総合病院を受診し、統合失調証(当時は精神分裂病との病名)と診断。その後、複数の病院に入院して治療を受ける。

平成24年

6/25  Z経営の病院(以下「本件病院」)へ転院。

統合失調感情障害と診断され、入院医療を開始。

平成28年

6月頃   X1、精神症状が悪化。抗精神病薬の変更・増薬等を実施。

7/19  X1に38℃の発熱があり、血液検査の結果、白血球数が1万0060、CK値が1万8725と高値であったことから、Y2、悪性症候群の疑いがあると診断。定期抗精神病薬の投与を中止。

8/4   Y3、8月1日以降の血液検査の結果等を踏まえ、悪性症候群は治癒と判断。

8/5   Y2、幻覚妄想状態が続いていると判断して、エビリファイの投与を再開。

8/8   Y2、CK値が598まで再上昇したことを受け、エビリファイの投与を再度中止。Y3、悪性症候群の治療を再開。

8/29  Y3、血液検査の結果から、悪性症候群の治療を終了。

8/30  Y2、悪性症候群はほぼ治癒したと考えられる一方、断薬によって統合失調感情障害等による緊張病の症状が出現していると判断し、エビリファイの投与を再開。

11/7   X1、W病院へ転院。悪性症候群の遷延又は再燃と診断され、エビリファイの投与は継続されず、悪性症候群の治療を開始。

11/14  悪性症候群の治療と共に抗精神病薬の投与を開始。

11/21  担当医D、悪性症候群ではなく遷延性錐体外路症状の状態であると診断。

11/28  エビリファイの投与開始。

12/16  悪性症候群の治療を終了。

12/17  D、X2へ悪性症候群は完全に治癒し、現在上下肢が動かないのは長期間悪性症候群が持続し腱の拘縮が生じているからと説明。

平成30年

2/22  X1、悪性症候群後遺症(関節拘縮及び筋力低下残存、両側足関節尖促痛あり、肩甲骨周囲筋痛あり、頚椎C5痛みあり、寝たきり状態で日常生活は全面介助を要する、両足関節拘縮のため歩行困難、伸展拘縮あり)と診断される。

医学的知見

1 悪性症候群

精神神経用薬(主に抗精神病薬)により引き起こされる重大な副作用の1つで、致死的となり得る病態であり、全ての抗精神病薬において注意する必要がある。

臨床症状として、急性の発熱や意識障害、錐体外路症状、自律神経症状、ミオクローヌス、呼吸不全等がみられる。臨床症状から悪性症候群が疑われる場合は、可能な限り早期に血液・性化学的検査を実施すべきとされ、悪性症候群の場合、臨床症状の出現とほぼ同時期に血清クレアチンキナーゼ(CK)高値や白血球増多が多くの症例で見られる。

2 緊張病

著しい精神運動性の障害を特徴とする症候群。典型的には入院環境で診断され、統合失調症患者の35%にまで生ずるとされている。生命を脅かす悪性緊張病という病態では、発熱、高血圧、頻脈、頻呼吸といった自律神経症状を合併し、白血球上昇・CK上昇を呈し、悪性症候群との鑑別が非常に困難であるとされている。

争点

  • 1 8月30日当時、X1の悪性症候群は遷延していたか否か
  • 2 Y1らに、8月30日時点でX1にエビリファイを投与してはならない注意義務の違反があるか
  • 3 因果関係
  • 4 損害額

裁判所の判断

1 争点1及び争点2について

結論:いずれも否定。

理由:⑴ 鑑定結果は、次のとおりである。

① 悪性症候群の「診断基準」は存在し、「治癒の基準」は存在しないが、「悪性症候群の治療を終了し抗精神病薬を再開してよい状態にあること」(以下、これを「治癒」という。)の程度を判定する際に「診断基準」を目安にすることはできる。

抗精神病薬再開の判断については、各患者において、リスクとベネフィットを比較衡量して判断することになり、悪性症候群の診断基準に上げられている症状等の全てが完全に消失していなくても、抗精神病薬の再開が許容される場合はあり得る。悪性症候群と緊張病の鑑別は、多くの場合、非常に困難であるため、医師は、悪性症候群と緊張病のいずれの可能性も考慮して治療に臨まざるを得ない。

② 本件において、悪性症候群の症状に相当する可能性がある症状は、高体温、筋強剛及び昏睡である。このうち、高体温については、37℃台であるため、悪性症候群の症状と考えるか否かは意見が分かれる。筋強剛については、本件病院の診療録に筋緊張と記載されているが、可能性として、筋強剛、非特異的な筋緊張、緊張病による症状の反映のいずれかが考えられ、そのいずれであるかは残された記録のみからは判断できない。昏迷については、悪性症候群の診断的特徴の2つである「意識変容を伴う精神状態の変化」と考えることもできる一方で、診断を緊張病と考えるのであれば、これらの症状全体を緊張病の症状として理解することも可能である。

そうすると、8月30日時点で、悪性症候群の病態が持続していたと判断することは臨床判断として正当である一方で、同時点で悪性症候群の症状と考え得る諸症状が少なくとも部分的には改善していることや残存している可能性のある症状は緊張病の症状としても説明可能であることから、同時点で悪性症候群は治癒していた、または、もともと悪性症候群ではなかったと診断することも正当である。

8月30日以降、抗精神薬を再開・増量していくなかで、高体温や筋緊張が大幅に悪化しているわけではないこと、他方で、昏迷亜昏迷や幻覚妄想と想定される奇異な内容の発話が大幅に改善しているともいえないことからすると、8月30日時点の症状が悪性症候群であったと強力に支持できる証拠も、緊張病であったと強力に支持できる証拠もない。転院後の症状につき、診療記録からは11月の間に高体温、筋緊張及び亜昏迷等の症状が明確に悪化した又は明確に軽快したことは読み取れず、12月中旬に入り、高体温、筋緊張及び亜昏迷症状が穏やかに軽快の方向に向かったように読み取れることから、8月30日以降のX1の状態像は、悪性症候群としても理解できるが、緊張病として理解することも可能である。

③ 8月30日時点でのX1の状態像は、悪性症候群の遷延なのか緊張病なのかの鑑別が難しく、医師らが同日時点で統合失調感情障害等の再燃としての緊張病を念頭においてエビリファイの投与を再開したことは不適切といえず、少なくとも通常の医療行為から逸脱しているとはいえない。仮に抗精神病薬の投与の再開を行わなかったとしても、その判断も不適切であったとはいえない。

⑵ 上記⑴の鑑定結果は信用できるものといえ、同鑑定結果から、前方視的にみて、Y1らが8月30日にX1にエビリファイの投与をしたことが本件当時の医療水準を下回る行為であるとはいえない。また、同鑑定結果から、8月30日以降の症状に照らしてみても同日以降のX1の状態像を悪性症候群ではなく緊張病として理解することも可能であるというのであるため、後方視的にみても、8月30日の時点でX1が悪性症候群を発症していたと認定することはできない。

 

2 争点3及び争点4について

判断なし。

この記事を書いた弁護士

医療過誤弁護士チーム

名古屋第一法律事務所で医療過誤に取り組む弁護士チームです。

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