医療過誤チームでは、定期的に判例勉強会を開催しております。
今回は、東京地裁の令和6年3月28日判決をご紹介します。
概要
- 裁判所 東京地裁
- 裁判年月日 令和6年3月28日
- 結果 いずれも棄却
- 原告(反訴被告) 患者X(治療開始時42歳女性)
- 被告(反訴原告) 医療法人社団Y1、同理事長Y2
- 分類 歯科
経過
平成18年
9/15 X、Y1運営のクリニック(以下「Y1クリニック」という。)を受診。
9/22~28 右上2番~左上2番について、装着されていたメタルコアを除去してファイバーコアに変えた上で、オールセラミッククラウンを装着。
平成28年
10/13 X、Y1クリニックを受診。Y2、外傷による脱臼と診断、右上1番の動揺度が2~3度のため、保存は困難と説明するもXが保存を希望。Y2、保存治療を行うこととし、咬合調整、消炎レーザーの照射、ペリオ―ル(抗生物質)を歯周ポケット内への注入治療を実施。
12/26 X、Y1クリニックを受診。右上1番の状態が改善されておらず、フィステル(排膿路)が唇側に見られたため、Y2は歯根破折の疑いもあると考え、抜歯の可能性を説明するも、Xが抜歯をしたくないと述べる。Y2、咬合調整、ペリオ―ルを歯周ポケット内へ注入治療を実施。Y2、右上1番を抜歯した場合、両隣の右上2番と左上1番を使ったブリッジになると説明。
平成30年
2/20 X、病院を受診し、抜歯を回避する方法を質問するも、抜歯後ブリッジによる補綴の治療を提案される。
3/20 X、歯科医院を受診し、抜歯を回避する方法を質問する。
4/3~20 X、同歯科医院を受診。ポーセレンクラウン、右上1番の支台、接着性セメント等の人工物を除去し、歯を洗浄したところ、右上1番の唇側にパーフォレーション(以下「本件穿孔」という。)を認める。同歯科医院の歯科医も、抜歯後ブリッジによる補綴の治療を提案。
6/1 別のクリニックの医師、Xの右上1番は保存不能と診断。
6/8 X、ブリッジ治療を行うために、同クリニックにて右上1番を抜歯。
10月 X、同クリニックにて、右上2番~左上2番にブリッジを装着。
10/26 X、Y1クリニックを受診。上記ブリッジを替えることとなる。
11/9 X、Y1クリニックで、歯冠が長く見えるようにする歯冠長延長術を行う。Y2、Xに対してネオジミウム・ヤグレーザー(以下「本件レーザー」という。)を照射。
11/22 X、Y1クリニックで、右上2番~左上1番にセラミックブリッジ(以下「本件ブリッジ」という。)及び左上2番にセラミッククラウン(以下「本件クラウン」という。)を装着。
12/7 X、本件クラウン付近の痛み、咬合痛及び歯肉の違和感を訴える。Y2、Xに対して消炎目的で本件レーザーを照射。
平成31年
3月頃 Y1がXに対して、治療費43万2000円を返金する旨の合意(以下「本件合意1」という。)が成立。
3/29 Y1、本件合意1にしたがって、Xへ治療費を返金。
令和元年
5/16 Y1がXに対して、別のクリニックの治療費20万5200円を支払う旨の合意(以下「本件合意2」という。)が成立。
6/4 Y1、本件合意2にしたがって、Xへ治療費を支払う。
令和4年
1/21 Y1、反訴状をもって、本件合意1及び本件合意2の意思表示を取り消すとの意思表示をする。
争点
〇本訴
1 右上1番の抜歯に係る注意義務違反及び説明義務違反
2 本件レーザーの照射及び歯冠長延長術に係る注意義務違反及び説明義務違反
3 本件ブリッジ等の装着に係る注意義務違反
4 損害
〇反訴
1 本件合意1及び本件合意2について錯誤取消しの成否。
2 本件合意1及び本件合意2について脅迫取消しの成否。
3 本件合意1及び本件合意2についてXが悪意の受益者といえるか。
裁判所の判断
〇本訴
1 争点1について
結論:注意義務違反及び説明義務違反なし。
理由:⑴ Xは本件穿孔はY2が平成18年治療の際に注意義務を怠って生じたものと主張するが、診療録に本件穿孔の具体的な位置及び大きさが記載されておらず、その他、本件穿孔の大きさを裏付ける客観的な証拠はない。また、平成18年の治療が行われてから約10年間、右上1番には穿孔が原因と考えられる不具合が生じていないことに加え、穿孔が生じる原因は医原性以外にもある。よって、本件穿孔に係る注意義務違反は認められない。
⑵ Xは、右上1番の歯の動揺につき、Y2が平成28年の治療のときに右上1番に強い力を加えて動揺を生じさせたとの注意義務違反を主張するが、右上1番に強い力を加えたとの事実は認定できないため、動揺に係る注意義務違反は認められない。
⑶ Xは、Y2が平成28年10月13日の受診の際、本件穿孔が存在すること及び本件穿孔の治療を行う必要があることを説明する義務違反があると主張するが、平成30年2月20日に実施されたレントゲン検査の結果について本件穿孔の存在に関する記載が診療録にないため、平成28年10月13日時点で本件穿孔の存在を認識したと認めることはできず、その他本件穿孔の存在を認識していたことを認めるに足りる証拠はないことから、説明義務違反は認められない。
2 争点2について
結論:注意義務違反及び説明義務違反なし。
理由:⑴ Xは、Y2がXの同意を得ずに本件レーザーを照射し、その際、最大許容露光量14.3ミリジュールを超えて照射してはならない注意義務があったのに、平成30年11月9日、同年12月7日又は同月14日に200ミリジュールの過剰照射をし、また、本件レーザーを舌部に照射してはならない注意義務があったのに、同日らに舌部へ誤照射したと主張する。
しかし、本件レーザー照射につきXの同意は得ていた。
過剰照射についても、Xが根拠として提出した文献記載の最大許容露光量は医用又は美容整形的治療の目的で行われる人体への意図的露光に対しては適用されないとされているため、注意義務違反とはいえない。不良肉芽腫等の症状の存在をもって、過剰照射されたとの事実を推認することはできない。
誤照射についても、それを根拠づける証拠がない。
⑵ Xは、本件レーザーの照射に先立ち、本件レーザーの照射の危険性及び副作用を説明する義務違反があると主張するが、過剰照射する場合には危険性等の説明義務があるといえるものの、本件では過剰照射をしたと認められないことから、説明義務違反とはいえない。
⑶ Xは、Y2がXの同意を得ずに歯冠長延長術を行い、その際、メスによって歯肉等を切創してはならない注意義務があったのにこれを怠ったと主張する。
しかし、歯冠長延長術につきXの同意は得ていた。
また、メスによって歯肉等を切創したことを認めるに足りる証拠はない。
⑷ Xは、歯冠長延長術を行うのに先立ち、歯冠長延長術のメスによる切開に伴う切創リスク及び術後管理の困難性を原告に説明する義務違反があると主張するが、メスによって歯肉等を切創した事実を認めるに足りる証拠がなく、また、神経症状が歯冠長延長術によって生じたとは認められず、不良肉芽等についても術後管理が困難であるとは認められないことから、説明義務の前提事実を欠くため、説明義務違反とはいえない。
⑸ Xは、上記⑴乃至⑶の原告主張の注意義務または説明義務をはたしていれば、左上2番の不良肉芽等の症状が生じることはなかったと主張するが、この点は、判断するまでもなく理由なし。
3 争点3について
結論:注意義務違反及び説明義務違反なし。
理由:⑴ Xは、Y2が本件ブリッジ等を装着する際、左上2番の歯を無理に唇側に起こしたことが注意義務違反であると主張するが、左上2番の疼痛の主たる原因は根尖性歯周炎であること、本件ブリッジ等を装着する際にアンカースクリューなどの矯正用の歯科器具を用いなかったことから、Y2が左上2番の歯を無理に唇側に起こしたと推認することはできず、注意義務違反であることを認める証拠はない。
⑵ Xは、Y2が本件ブリッジ等を装着する際、マージンラインを歯肉縁下深くに設定して本件ブリッジ等を歯肉に食い込ませたことが注意義務違反であると主張するが、X提出の医師意見書において「マージンラインを歯肉の縁上、縁下のいずれの位置に設定すべきかについては議論がある」とされており、当然にXの歯肉縁上にマージンラインを設定する注意義務を負っていたとはいえない。また、本件ブリッジ等の装着後にXが歯肉の痛み等を訴えていた事実から、補弼する際にマージンラインの位置を歯肉深く設定したと推認することもできない。
⑶ Xは、Y2が本件ブリッジ等を装着する前に、右上2番~左上2番の歯の余剰セメントを除去しなかったことが注意義務違反であると主張するが、Xは本件ブリッジ等の装着後に歯肉が腫れて痛いと訴え、その際に余剰セメントが存在すると診断されて余剰セメントの除去が行われたことから、余剰セメントを除去しなかったことが注意義務違反であることや、同注意義務違反によって疼痛や歯肉炎等が生じたことを認めるに足りる証拠はない。
⑷ Xは、本件ブリッジ等を装着する前に左上2番の根幹治療を行わなかったことが注意義務違反であると主張しているが、平成30年10月26日にY1クリニックを受診した際、XはY2に対し左上2番の歯の根幹治療は別の歯科医院で終了しており、再根幹治療を希望しない旨を述べていること、Y2が本件ブリッジ等を装着する前にXの左上2番の根尖病変が認められることを認識していたことを認める証拠はないことから、Y2に本件ブリッジ等を装着する前に、左上2番の根幹治療を行う注意義務があったとはいえない。
〇反訴
1 争点1について
結論:錯誤ではない。
理由:Y1は、本件合意1、本件合意2について、Y2がXへの治療行為に過失がなかったにもかかわらず過失があると誤信したから錯誤であると主張するが、Y2は、Xとは昔から付き合いがあり、Y2による治療を信頼してもらっていたため、Xの満足に至らなかった場合には誠意を見せる気持ちがあったところ、XがY2による治療に納得せずに返金を求めたため、Xに対して返金することは仕方ないと思って本件合意1及び本件合意2をしたと認められるから、こY2がXに対する治療行為に過失がなかったにもかかわらず過失があると誤信したために本件合意1及び本件合意2をしたとは認められない。
2 争点2について
結論:強迫ではない。
理由:Y1は、Xが土日と休診日を除いた2日に1回程度の頻度でY1に架電し、本件合意1及び本件合意2をするよう求め、Y1の業務を妨害したことが民法96条1項の強迫に当たると主張するが、Y1が主張する事実は強迫に当たるといえないから同主張は失当であり、また、Y2が本件合意1及び本件合意2をした理由は上記1の理由のとおりであるから、Y1がXの強迫によって本件合意1及び本件合意2をしたとは認められない。


