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患者が胃の全摘出等の手術を受けた後死亡したことにつき、手術後に適切な処置をしなかったなどの注意義務違反があるとして損害賠償を求めたが棄却された事例

患者が胃の全摘出等の手術を受けた後死亡したことにつき、手術後に適切な処置をしなかったなどの注意義務違反があるとして損害賠償を求めたが棄却された事例

医療過誤チームでは、定期的に判例の勉強会を行っています。今回は福岡地裁令和7年3月25日の判例をご紹介します。

概要

患者が胃の全摘出等の手術を受けた後、多臓器不全により死亡したことにつき、手術後に適切なドレナージ処置をしなかった等の注意義務違反があるとして損害賠償を求めたが棄却された事例

  • 裁判所   福岡地裁
  • 裁判年月日 令和7年3月25日
  • 結果    棄却
  • 原告    患者の兄
  • 被告    学校法人
  • 分類    消化器外科

医学的知見

1 膵液瘻

術中の膵圧迫や膵周囲のリンパ節郭清により膵実質が損傷されると膵液漏出を生じ、これに感染が加わると、膵酵素が活性化され、周囲組織を融解して膵液瘻となる。膵液瘺は、二次的に腹腔内膿瘍や縫合不全を併発し、血管に波及すると仮性動脈瘤を形成し、破綻により大出血を招くことがある。

2 縫合不全

消化管吻合部から腸の内容物(唾液、腸液、食物等)が管腔外に漏出する病態であり、腸の内容物に含まれる細菌により腹腔内感染症を引き起こし、感染が進行すると血管壁の融解・破綻による出血をきたすこともある。また、膵液瘺を併発することもある。

3 術後出血

消化器外科手術後の重篤な合併症の1つ。胃切除手術後の出血部位は、手術手技に直接的に起因する早期出血(24時間以内)よりも、膵液瘻や腹腔内感染が原因で惹起された二次的な血管壁の融解、破綻による後期(晩期)出血が多いとされ、後期(晩期)出血の原因部位としては、脾動脈が多いとの報告がある。

4 ACS(腹部コンパートメント症候群)

腹腔内大量出血等により腹腔内圧が上昇することで呼吸・循環障害を生じる病態の総称。腹腔内圧が上昇すると、呼吸障害、心機能障害、血流障害を来たし、多臓器障害へ進展するため、致死的な病態。

経過

令和2年

6/1    患者、かかりつけ医において胃がんと診断され、同医の紹介により被告運営の病院(以下「Y病院」という。)を受診。検査の結果、進行胃がん(ステージ〈2〉B~〈3〉A)と診断。

6/16   胃の摘出手術を受けるため、Y病院へ入院。

6/23   胃全摘手術、D2リンパ節郭清(がん細胞が転移している可能性がある胃周辺のリンパ節を第2群まで切除する手術)等の手術を受ける。術後、膵上縁から吻合部背側及び左横隔膜下にそれぞれドレーンを留置。

6/27

9:00am   左横隔膜下に留置されたドレーンを抜去。患者、経口での食事を開始。

1:30pm   38.2℃の発熱、腰及び方の疼痛あり、吻合部ドレーンの排液がやや混濁。

2:00pm   39.9℃の発熱、発汗著名で背部痛あり。医師らより絶飲食の指示あり。抗生剤(セファリゾン)を投与。

6/28   吻合部ドレーン排液の性状は膿性に変化。

8:30pm   吻合部ドレーン排液から臭気が生じる。

6/29   医師ら、縫合不全を疑い、抗生剤(タゾビペ)を投与。

CT検査、上部消化管造営検査の結果、吻合部から少量の造影剤流出が認められたため、縫合不全を確診。

6/30

5:50pm   患者、気分不良のためトイレに行った際、意識消失により転倒、吐血。

6:05pm   吻合部ドレーンから血清排液が認められる。

6:35pm   造影CT検査の結果、明らかな腹腔内出血は認められないものの、腸管内に大量の血種が認められる。その後、ICUへ入室。

7:10pm   患者、吐血。

7:46pm   患者、吐血。

8:19pm   患者、出血性ショックにより循環動態が不安定となり、SICUへ搬送。

7/1

3:17pm   上部消化管内視鏡検査を施行するも、明らかな出血源の特定に至らず。

4:07pm   血管造影検査の結果、脾動脈末梢からの出血を確認。画像誘導下治療による血管塞栓術を施行したところ、出血の所見は消失し、塞栓後から血圧上昇。

11:00pm  血圧低下が生じたため、造営CT検査を施行したところ、大量の腹腔内血種が認められる。

7/2

0:45am   血管造影検査を実施するも、明らかな血管外漏出は不明。

7/2

10:00am  患者へ大量の輸液及び輸血が行われていたが、血圧の上昇、貧血の改善は見られない。

10:58am  緊急開腹止血術を実施したところ、開腹時、約6000gの血種血液が貯留されており、脾動脈末梢と脾臓周囲からじわじわと出血していることを確認し、脾臓を摘出して脾動脈を周囲組織とともに縫合。その後、すぐに血管造影検査を行ったところ、左下横隔膜動脈の瘤状変化が認められるとともに、腹腔内の動脈から出血が確認されたことから、塞栓が行われる。

7/7       患者、心房細動の症状が出現。その後徐々に、血圧低下、呼吸状態の増悪が進行したため、循環の是正、呼吸補助等の処置が行われたが、改善せず。

2:06pm   死亡。

争点

1 患者の死亡に至る機序

2 医師らが、6月29日の時点で、Wに対し適切なドレナージ処置(⑴ドレナージチューブの適切な位置ヘの調整や入れ替え、⑵超音波下・CTガイド下の経皮穿刺ドレナージ、⑶開腹・腹腔鏡腹腔内洗浄・ドレナージ)を行うべき注意義務を怠ったといえるか及び当該注意義務違反と死亡結果との相当因果関係

3 医師らが、6月30日午後7時46分の時点又は遅くとも7月1日午後5時10分の時点で、患者に対し、早期に開腹止血術を行うべき注意義務を怠ったといえるか及び当該注意義務違反と死亡結果との相当因果関係

4 医師らが、7月1日午後5時30分頃の時点で、ACSの治療として、早期に開腹手術を行って腹腔ドレナージを行うべき注意義務を怠ったといえるか及び当該注意義務違反と死亡結果との相当因果関係

5 損害の有無及び額

裁判所の判断

1 争点2について

結論:義務違反なし。

理由:⑴ 吻合部ドレーン挿入部の脇漏れについて、手術用ボードを留置する穴を利用してドレーンを挿入していたこと、当該手術用ボードの直径は8~12mmであるがドレーンの直径はこれよりも細い6.5mmであったことから、手術用ボートとドレーンとの直径の違いにより脇漏れが生じた可能性が考えられるため、当該脇漏れがあったことから、直ちにドレナージが有効に機能していなかったということはできない。

⑵ ドレーン排液が膿性になって臭気まで感じるようになっていたこと、抗生剤(タゾビペ)の投与が開始された後にもドレーン排液が膿性のままであったこと、CRP値が上昇していたことについては、膵液瘺又は縫合不全を疑う理由にはなり得るものの、ドレナージは貯留する流体状の有害物(膿や消化液等)を体外に排出するためのものであるから、ドレナージ排液の性状が悪化していることは、必ずしもドレナージが有効に機能していないことを推認させる事情ということはできない。

⑶ 6月29日のCT検査の結果については明らかな液体貯留は認められず、上部消化管造影検査の結果では、吻合部から漏出した造影剤はドレーンに沿って流出したものと認められることに照らすと、むしろドレーンは有効に機能していたと考えるのが自然。

 

2 争点3について

結論:義務違反なし。

理由:⑴ 術後数日が経過した場合に開腹止血術を行うべき義務が生じるのは、それによって得られる効果がリスクを明らかに上回るような場合に限られる。

⑵ 6月30日は術後7日目にあたるところ、ICU管理において、午後7時46分頃には血圧が101/61mmHgにまで上昇し、Wに意識はあり、会話も可能な状態であったから、同時点では循環動態は一応維持できていたものといえる。その時点では、開腹止血術によるリスクの方がむしろ大きかったといえる。

 

3 争点4について

結論:義務違反なし。

理由:⑴ ACSの手術適応に関する正確な基準は確立していないのであるから、少なくとも、負うリスクよりも開腹手術によって得られる臓器灌流の改善効果の方が明らかに高いといえないような場合には、ACSの疑いのある患者に対して開腹手術を行わないことが医療水準に反するものとはいえない。

⑵ 横隔膜挙上による呼吸障害も認められていなかったことからすれば、午後5時30分頃の患者のACSが致死的なほどに進行していたとまでは認め難い。

⑶ IVRによる血管塞栓術施行後、施行前に比べると血圧が上昇していることから、施行直後の7月1日午後5時10分頃の時点で、血管塞栓術が奏功しなかったと判断するのはやや早計であり相当ではない。

⑷ 血管塞栓術の前提として行われた血管造影検査は、脾動脈末梢以外からの出血は確認できなかったのであるから、開腹手術を行ったとしても出血源を特定できた可能性が高かったとはいえない。

 

4 争点1、5について

判断なし。

この記事を書いた弁護士

医療過誤弁護士チーム

名古屋第一法律事務所で医療過誤に取り組む弁護士チームです。

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