医療事件チームでは、定期的に判例の勉強会をしています。
今回は、東京地判令和4年12月23日判決をご紹介します。
概要
CT検査の胸壁腫瘍等の病変を見落とし、原因の精査を怠るなどした注意義務違反があり、結果として悪性腫瘍に対する適切な化学治療を受けることができず、神経内分泌癌により死亡したとして損害賠償を求めた事例
- 裁判所 東京地裁
- 原告 昭和25年生まれの患者の相続人
- 被告 病院
- 分類 消化器内科 放射線科
- 結果 一部請求認容
医学的知見
・CRP(C反応性蛋白)
炎症性疾患や対内組織の壊死がある場合、著しく増加する。CRP検査には疾患特異性はないが、陽性、増加を示す場合には、身体のどこかに炎症性あるいは組織崩壊性病変ありと考え、経過を追って測定し、原因疾患の検索に努めなければならない。
・ALP(アルカリホスファターゼ)
ほとんど全ての臓器組織に広く分布する酵素であり、妊娠、骨への転移癌、多発性骨髄腫、甲状腺機能亢進症、肝外胆道閉塞、肝内胆汁うっ滞症及び肝の占拠性病変等により上昇する。
・GFR(糸球体濾過量)
腎機能評価の指標である。GFRが30ml/分以上60ml/分以下は中等度腎障害であり、30ml/分以下は重度腎障害、末期腎不全である。なお、eGFR(推算糸球体濾過量)は、GFRを推算する値である。
・PLT(血小板数)
止血能力を示す値であり、一般的に、5万/μL以下になると出血しやすくなり、2万/μL以下になると危険とされている。
・BUN(尿素窒素)
腎臓の機能が正常かどうかを示す値であり、基準値を上回る場合、腎臓の機能が低下していることを示し、100mg/dl以上になると末期の腎不全と診断される。
・CRE(クレアチニン)
腎機能障害の指標となり、腎機能が低下するとクレアチニン値が上昇し、2.0ないし3.0mg/dl以上になると中等度の腎機能障害があると考えられ、8.0mg/dl以上になると末期の腎不全と診断される。
・神経内分泌腫瘍(NET)
神経内分泌細胞由来の腫瘍の総称で、全身全ての臓器から発生し得る。NETは、増殖が緩やかな高分化のNETG1/G2と進行の早い低分化の神経内分泌癌(NEC)に分けられ、分化度によって治療方針も大きく異なる。腫瘍マーカーNSEは、肺小細胞癌や神経内分泌腫瘍に反応して高値となる。
・Ki67指数
細胞増殖活性の指標であり、この指数が大きいほど増殖スピードが速いことを意味する。Ki67指数が20%以上のものが神経内分泌癌に該当する。
・癌の発生母地
最初にどの細胞に腫瘍化が起こったかを意味し、個々の腫瘍の本態をよく理解し、診療に反映させる上で重要である。
体表や粘膜表面、分泌腺などの上皮細胞の異常増殖が本態である腫瘍を上皮性腫瘍という。これに対し、血管内細胞、平滑筋細胞、脂肪細胞、骨細胞等の上皮細胞以外の細胞の異常増殖からなる腫瘍は非上皮性腫瘍という。
上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍の鑑別には、鍍銀染色が用いられる。上皮性腫瘍は個々の腫瘍細胞内間に細網線維は見られないが、非上皮性腫瘍では見られるため、線維の有無により鑑別することができる。
免疫組織化学染色のCAM5.2、AE1/AE3、EMAの陽性は、上皮性腫瘍であることを意味する。
完全な未分化癌、未分化悪性腫瘍については、発生臓器による組織像の違いが乏しく、臓器特異的免疫染色マーカーも陰性を示す。一般に、形態学的に判定の難しい低分化ないし未分化癌は分化抗原の免疫染色陽性率も低い。
・シスプラチン及びカルボプラチン
殺細胞性抗癌剤のうち、白金製剤に分類される。シスプラチンは、固形癌に対して幅広く抗腫瘍活性を示し、小細胞及び非小細胞肺癌などに汎用され、副作用として強い催吐作用、腎障害、末梢神経障害が問題となる。カルボプラチンはシスプラチンと比較して催吐作用、腎障害は軽度だが、血小板減少をはじめ血液毒性は強い。シスプラチン及びカルボプラチンの抗腫瘍効果は共通するが、卵巣癌、小細胞肺癌及び非小細胞肺癌ではほぼ同等であるのに対し、他の癌ではシスプラチンが一般に優れている。
・イリノテカン及びエトポシド
殺細胞性抗癌剤のうち、トポイソメラーゼ阻害薬に分類される。イリノテカンは小細胞肺癌、非小細胞肺癌、消化器癌、卵巣癌、乳癌など幅広く使用される。エトポシドは、非ホジキンリンパ腫、急性白血病、小細胞肺癌、小児固形癌など多くの多剤併用治療に組み込まれている。
・原発不明癌で高悪性度(低分化)の神経内分泌腫瘍は、一般的に化学療法感受性は高い。神経内分泌腫瘍に対しては、小細胞癌に準じて白金製剤を含む併用療法を行うのが妥当である。48例に対する同療法の奏功割合は55%であり、MST(生存期間中央値)が14.1月であるとする報告がある。
・悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症は、多発性骨髄腫等の多発性骨転移の際に認められ、腎機能障害の原因となる。悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症は、適切な治療によっても、発症後の生存期間の中央値は50日であるとの報告がある。
経過
H30
12.10 患者、腰痛を訴えてかかりつけ整形外科を受診。
12.14 画像診断クリニックにて腰椎MRI検査実施。検査結果として、転移性骨腫瘍が疑われ、血液腫瘍も疑われるとして、多発骨転移疑い及びこれに伴う胸腰椎圧迫骨折等を診断。
12.15 整形外科の医師が、malignancy(悪性腫瘍)による胸腰椎圧迫骨折の疑いとして、大学病院を受診するよう指示。
*患者は、遠方であるなどと言って同病院を受診せず。
12.17 患者、他の医院を受診。CT検査を実施後、22日まで受診を継続。同病院医師は、傷病名を第12、第1、第2、第3腰椎圧迫骨折、肝硬変、十二指腸潰瘍及びDダイマー上昇とし、症状経過及び検査結果を胸腰椎圧迫骨折、肝硬変、腎嚢胞、Dダイマー上昇、右肺中葉・左肺底部無気肺とする被告病院宛て診療情報提供書を作成
12.26 患者、被告病院を受診。同病院消化器内科医師が血液検査を実施。
12.27 患者、胸部、上腹部、骨盤及び下肢に対する単純CT検査(以下「本件CT検査」という。)を実施。
H31
1.15 患者、被告病院を受診。
1.24 上部内視鏡検査を実施。
2.2 患者、自宅で入浴中に意識障害を来し、救急車で被告病院へ搬送され、ICUに入院。CT検査及び頭部MRI検査を実施。
2.3 被告病院の救急科の医師は、患者の意識障害の原因として高カルシウム血症を疑い、本件CT検査と2月2日実施のCT検査結果を読影し、胸部下行大動脈の背側、胸椎左側に増大する腫瘤性の構造物を認める。被告病院放射線科の医師は、2月2日CT検査結果について、胸膜の肥厚の出現が疑われ、肋骨や脊椎周囲にも腫瘤の出現があり、悪性腫瘍合併も否定できないと診断。被告病院放射線科医師は頭部MRI検査の結果について、両側前頭葉白質の急性期脳梗塞疑い、多発陳旧性脳梗塞、悪性腫瘍(特に悪性リンパ腫)疑いである旨を読影。
2.4 担当医師は、被告病院呼吸器内科、呼吸器外科、放射線科及び血液内科の医師に相談の上、患者に対し、胸壁腫瘍に対するCTガイド下生検を実施することを決定。被告病院血液内科の医師、患者に対し、骨髄穿刺による検査を実施した結果、広範な異型細胞湿潤(未分化癌?)と診断。
2.5 胸壁腫瘍に対するCTガイド下生検実施。担当医師が原告に対し、生検の結果等を説明。
2.8 被告病院血液内科の医師、生検によって得られた胸壁腫瘍の検体について病理組織診断報告書を作成。
2.9 担当医師、患者の悪性腫瘍について、胸壁由来の小細胞癌である可能性が高く、骨髄転移、骨転移しており、腎機能障害が進行していることから、積極的治療は難しいと考え、患者については、在宅終末期医療を目指し、退院後に大学病院を受診させる旨の方針を検討。
2.12 被告病院放射線科の医師、12月14日腰椎MRI検査結果を読影し、胸腰椎多発圧迫骨折、多発骨転移または血液腫瘍やリンパ腫の骨浸潤疑い、腰部脊柱管狭窄症の所見を得る。
2.13 担当医師、原告及びその家族に対し、被告病院での入院中は他院受診ができないため、被告病院を退院後、大学病院の腫瘍内科を受診すること、現在の患者の全身状態で抗癌剤や化学療法を使える可能性は極めて低いこと等を説明。原告は、治療を行い一日でも長く生きて欲しいとして、大学病院の受診を強く希望。
2.14 被告病院、追加の病理組織診断報告書を作成。
2.15 他病院へ転院。血液検査を実施。
2.16 患者、腫瘍内科に転科。
2.17 担当医師、原告と面談。
3.12 患者、死亡。担当医師、直接死因を癌性胸膜炎、その原因を神経内分泌癌とする死亡診断書を作成。
争点
1 被告病院の医師に、平成30年12月27日のCT検査結果上の病変を見落とした注意義務違反が認められるか。
2 担当医師に平成30年12月26日又は平成31年1月15日、患者に対し腫瘍マーカー検査を実施せず、整形外科への紹介等を行わなかった注意義務違反が認められるか。
3 争点1又は2の注意義務違反と患者の死亡との因果関係の有無
4 患者及び原告の損害
裁判所の判断
1 争点1について
・裁判所の判断
被告の放射線科医師には、放射線科医師として、本件CT検査結果上の胸壁腫瘍等を指摘すべき注意義務があったにもかかわらず、同義務を怠って胸壁腫瘍等を見落としたまま本件CT検査結果レポートを作成したものと認められ、注意義務違反が認められる。
放射線診断専門医の「画像鑑定書・意見書」にて、本件CT検査結果について、胸水と区別できる明らかな病変であり専門医でなくとも指摘できる病変といえ、画像診断専門医であれば指摘すべきものであるといえるなどと指摘されていること、平成30年12月26日の血液検査の結果がそれのみで悪性腫瘍の存在を疑わせるものではないとしても、悪性腫瘍が存在する可能性を疑い数値が増加しった原因を慎重に精査すべきことを基礎づける事情というべきであること、本件CT検査の実施は、依頼病名を原発性肺癌の疑いとするものであるが、検査目的をCEA(腫瘍マーカー)高値等とするものであり、上記血液検査の結果に鑑みれば、P5は、本件CT検査結果の読影に際し、肺野のみならず、胸壁についても、腫瘍の有無を慎重に精査すべき必要があったといえる。
担当医師は、本件CT検査結果レポートの所見に従うのみで、本件CT検査結果から確認可能な患者の胸壁腫瘍等を看過し、患者を入院させることなく平成31年1月15日の外来診察日を維持したので注意義務違反がある。主治医として本件CT検査を実施したのであるから、本件CT検査結果レポートのみならず、本件CT検査結果自体を慎重に確認して、患者の胸壁腫瘍等を発見し、患者を入院させて胸壁腫瘍等の原因の精査をすべき注意義務(以下「本件注意義務」という。)があったと認められる。
2 争点2について
判断なし。
3 争点3について
・裁判所の判断
本件注意義務が尽くされたとしても、患者が平成31年3月12日時点で死亡していなかった高度の蓋然性は認められない。本件注意義務が尽くされた場合であっても、腫瘍内科のある他の病院に転院し、所要の検査等を行って治療を開始するためには一定の日数を要すると考えられる上、腎機能障害及び血小板の減少を来していた患者に対し、腎障害及び血小板減少をはじめ血液毒性の副作用もある化学療法をそのリスクを考慮した上で行うのは容易ではなく、慎重な検討が必要とならざるを得なかったといえる。加えて、癌の進行が早く、病状が刻々と変化していたことも合わせ考えれば、平成31年1月中に化学療法が開始されたことについて高度の蓋然性があるとは認められないし、仮に化学療法が開始されたとして延命の効果が得られるかについても、同様である。
本件注意義務違反が尽くされた場合、患者が死亡した平成31年3月12日時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったと認められる。本件注意義務が尽くされた場合、患者は、転院の上、平成31年1月中に化学療法(カルボプラチン/エトポシド併用療法)を実施できた高度の蓋然性は認められないとしても、一定の可能性があったことまでは否定できない。そして、化学療法を実施した場合、原発不明癌で高悪性度の神経内分泌腫瘍は、一般的に化学療法感受性は高いとされ、白金製剤を含む併用療法につき一定の奏功例が報告されていることに鑑みれば、全身状態が悪化して一切の化学療法を受けることができなかった場合と比して、多少なりとも延命の効果があった可能性があったと認められる。
4 争点4について
・慰謝料:100万円
本件注意義務が尽くされていたとしても、患者が平成31年3月12日時点においてなお生存していた可能性の程度は決して高いものとは認められず、予想される生存期間も長いものとは認め難い。その他、患者は、平成30年12月10日、かかりつけの整形外科において、大学病院宛て診療情報提供書を交付され同病院の受診を勧められたにもかかわらず、同病院を受診していないこと、担当医師の注意義務違反の程度等、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件注意義務違反により、患者がその死亡の時点でなお生存していた相当程度の可能性を侵害されたことによる精神的苦痛に対する慰謝料の額は100万円と認めるのが相当である。
・弁護士費用:10万円


